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マリ・エル共和国~グルメ~

マリ・エル共和国周辺は多くの共和国に囲まれています。
そのためいろいろな郷土料理が混ざっている、変化したものも多いのです。

例えば、ポッドコゴーリという手のひらサイズの大きなペリメニ。
一般的にはトゥバローグと言うカッテージチーズ、またはジャガイモを入れることが多く、
もちろん肉やキャベツなども。決まりはないそうです。
お味は迫力のあるペリメニ(茹でてあるので日本でいう皮の厚いジャンボ水餃子)。
スメタナ(サワークリーム)をつけていただきます。
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他にはブリヌイ。ブリヌイと言えばあのまあるい薄いクレープのようなものを思い出しますが、
マリ・エルのブリヌイは通称「3枚のブリヌイ」といい、3度重ねて焼きます。
通常通りフライパンに生地を流し薄く焼きます、焼けたらその上に生地を流しさらに焼きます。
これを3度繰り返し厚みのあるブリヌイができます。
私は最後にチーズをのせ焼いたものを注文しました。
パンのようにフカフカではなくピザ生地のように表面がカリッとしていて中はしっかととした生地に
なっています。材料がほぼ同じせいか南ロシアのハチャプリにも似ています。
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マリ・エルの経済の主力は農業。乳製品の大きな工場もありました。
昔から馬の飼育も盛んなので馬肉関係の工場もあります。
これらのほとんどはモスクワやカザンなど消費力のある都市で出回るため、マリ・エルで
馬肉ソーセージを買おうと思ったら結構困難だったのです。
チーズ専門店はありました。小さなお店ですがショーケースにはマリ・エル産のチーズが所狭しと
ごろごろ美味しそうに並んでいました。街でも人気のお店だということです。
濃厚で風味、旨み満点、確かにモスクワに比べると格段に安い。
空気にのまれてワックスに包まれたカーリングストーンのようなチーズを丸ごと買いそうになりましたが
滞在中に食べきれないなとフと我に返り何種かカットしてもらいました。
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何もない贅沢な景色。チーズ一枚が最高のおもてなしになる。
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マリ・エル共和国~モデルになる~

マリ・エル共和国はいわゆる「観光地」ではありません。
他のロシアの地方からわざわざマリ・エルに来ることもあまりありません。
マリ・エルは経済的には豊かではなく、カザンやモスクワに働きに出る人も多いのです。
だから外国人ましてや東の果ての日本人が来るということも・・・。

マリ・エル国立美術館では専属画家に出会った。
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「こんにちは」とあいさつした瞬間、グッと手を引き椅子に座らされてしまった。
対面の画家は勢いよく小さなキャンバスに絵具が載っていく。
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すべてがマイペース!
なんですのん?この空気…と思いつつ。
あれ~?これ私描いてる? え、どこ見たらええの?
ギロン!ギロン!と画家の鋭い目に金縛りにあったかのように身動きできず。
小一時間か・・・

感動!
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それはそれは気に入ったので、どのくらいかかるか分からないけど買い取りたいと申し出た。
すると・・・
「何言ってるの?!僕のために描いたんだよ、ごめんね、あげられないのさ。」
日本人を描ける機会はそうそうないそうで、珍しい(?)顔立ちを描いてみたかったのだそう。
あ~日本人に生まれてよかったあああ~!と思った瞬間でした。



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マリ・エル共和国~首府ヨーシュカル・オラ~

2017年6月 マリ・エル共和国へ

首府ヨーシュカル・オラ

ロシアにはいくつもの共和国があります。
そのひとつ、民族衣装が印象的で文化や思想にも興味があったマリ・エル共和国は5年以上前から計画をしていた行先でした。
首府ヨーシュカル・オラの玄関は今やここがロシアであることを忘れてしまいそうな景色です。
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これは2008年から都市計画で作られたマリ・エルの新しい1シーンとなりました。
当時の市長が海外旅行好きでお気に入りのコペンハーゲンを再現させたのだそう・・・・。
えーーーーッ!?と叫んだのは私だけではないと思いますが、ヨーシュカル・オラ市民はとっても気に入っているのです。それはそれは広大な公園、毎日の散歩も気持ちがいいでしょう。
異国人の私の胸中はなんやらかんやら騒いでおりましたが・・・
その市長は税金の使途不明金が多く「イマはケイムショです」と聞き異国人の胸中はスーッと穏やかになっていくのでした。
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街を歩くとソビエト時代のアパート群の中に今や少なくなった1900年初頭の家屋も残っています。
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どの共和国も、もともとあったその国の言語を守ろうと努力しています。
街の標識やお店の看板はロシア語と一緒に共和国の言語でも書かれています。
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マリ語で「お土産屋さん」

「ありがとう」はロシア語で「スパシーバ」、マリ語で「タウ」
「素晴らしい」はロシア語で「ハラショー」、マリ語で「エンサイ」
マリ人たちは学校ではロシア語を学びますが家族や親しい友達とはマリ語で会話していました。



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何度でもスーズダリ

ロシアの中でも特別に美しい古都スーズダリ。
2014年9月の訪問で3回目ですが何度行っても新しい発見と新鮮な美しさに感動してしまいます。
初めての時はおとぎの国に来たと思いました。
家も道も・・・絵本の世界。
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モスクワからウラジーミルまで電車で移動し、そこからはバスか車でうまく乗り継いで5時間くらい。
道中の景色もとても素晴らしい、ましてやスズダリに着くとその昔ロシアの人々がどれだけ信心深く
心豊かな暮らしをしていたかがうかがえます。
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スーズダリの白亜の建造物は世界遺産にも登録されていますが、町のどこを歩いても
目に映るすべて、一軒一軒の民家までもが世界遺産ではないかと思うくらい別世界なのです。
鐘つき堂からは町が一望できます。
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修道院、教会、フレスコ画…ロシアの歴史や今や見ることのできない産物がこの小さな町にギュウッと詰まっているのです。
かつての繁栄を思わせる
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黄金の門は必見
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近代史でみるとやはりこの町にもクラッシック・カーが溢れています。これはブレジネフ時代のヴォルガ。
今も現役。ロシアの民(特にソビエト時代を生きてきた人)は自分で修理ができ乗り継いでいきます。
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スズダリは自転車を借りて回るのが一番です。
ほとんど平坦でちょうどいい距離の街。
ふと気になった景色、目に着いたらすぐに止まってしばしの鑑賞・・・自転車ならでは。
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オレンジ色のナナカマド
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歩道脇の村の集合ポスト
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手作りの塀・・・お見事!
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ロシア各地を歩いて感じることは古い教会のある街には美味しいものがある。
特に女子修道院の近くには伝統的なお菓子やパンのお店がありすごく美味しい!
ここスーズダリには男子修道院の中に古くから続くパンケーキの店がある。
でも今回特に気に入ったお店は比較的新しいお店でクワスの専門店。
クワスとは通常黒パンを発酵させた飲み物で夏の風物詩でもあります。
ここには数種のクワスがあり、画像はベリーのクワスと松脂のクワス。
松脂のクワスは想像通り少し渋みがあり、想像以上に美味!
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漬物はこの土地の名物。特にオレンジ色のナナカマドは唯一食すことのできる品種です。
揚げ黒パンと豚の脂の塩漬けサーロは疲れを取りパワーを蓄える最強メニュー!
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ロシアの歴史や文化を学べ、絶景を見尽くせるスーズダリ。
ソビエト時代は年間100万人もの観光客が訪れたこの町も今や十数万人までに。
時代や経済とともに変化しつつも、この風景は100年前とそう変わらないのだろう・・・
返って今は穴場かもしれませんね!
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納涼?この夏おススメのソビエト映画

つい先日お客様からとても不思議なソビエト映画の話を伺った。
ロシア語タイトルは「ВИЙ(ヴィー)」、日本語タイトルは「妖婆 死棺の呪い」。
1967年の映画で原作はN・ゴーゴリ。
すでにお客様から伺っていた内容も興味深く、返って想像もつかなかったので楽しみに見はじめた。
ゴーゴリはウクライナ人なので作品はウクライナを背景にしたものが多い。
この映画の舞台もウクライナ。習慣が良く描かれているし、主人公もコサック魂の強い男のよう。
単純に内容を見ると呪いのオカルト映画となるのでしょうが、いやはやいろいろな視点で感動できる作品です。

小説では大まかに想像することしかできなかった食卓の風景、酒の飲み方、イコン画の飾り方、
髪型、儀式・・・映画ではまさに本物が見ることができる。
気になったのは妖婆役。よくもこんなぴったりの妖婆いたな!と言うくらい見事な妖婆っぷり。
この女優か?男優か?分からない役者を探そうとインターネットで調べてみたが娘役のことばかり。
若い娘なんてどうでもいい、このババアについて何かないのか!?という焦りとともに何も情報得ず。

「ВИЙ(ヴィー)」を見て、アニメ「妖怪人間ベム」を思い出した。
頃合いの良いエグさと怖さと滑稽さ、人間くささや情。同じものを感じた。
やはりソビエトと昭和は通じる。

こういう映画も含めソビエト映画は素晴らしい!









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民芸ガラデーツの職人村

色鮮やかな花が舞うように描かれたガラデーツの民芸。
あまり日本では見ることができない塗りのひとつです。
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このような文様です。

ここにある「職人の村」には塗りの他にわら細工や木彫り、テキスタイルなど多くの
民芸を実演して見せてくれます。
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決して町ではありません。尋ね、尋ね、細い小道に入り、下り上り・・・・
ようやくこの壁を見たときはうれしかった・・・
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ガラデーツはヴォルガ川のほとり。
夏は30℃近くになりますが川からの冷たい風がとても心地よい所です。
丘に登りヴォルガを眺めていると次回は絶対にクルーズの旅をしたいと思いました。
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工芸品ホフロマ塗工房

ロシアの民芸品の中でも1、2番に好きな文様ホフロマ塗。
黒と金と赤の毒々しい色彩は職人の繊細なひと筆ひと筆により華やかな芸術品となります。

ホフロマの歴史をたどるため工房へ行ってきました。
モスクワから電車を3回乗りつぎ6時間半。
ホフロマ塗一色の町に到着。

先ず腹ごしらえ、ということでホフロマ塗工房の隣には職人たちの提案で作られた
カフェ・ホフロマがあります。
内装も食器もすべてホフロマ塗!
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階段の手すりも…
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食器もすべてホフロマ塗

何と近所の公園もホフロマ尽くし!
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ぐるりマトリョーシカの柵
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こんな立派なシーソー、乗るより拝みたい!

お腹を満たして工房に・・・
この工房で木を削ることから絵付けまですべての工程をするので
これまでに行った民芸工房の中でもかなり大きな規模。
職人の数も質も充実しています。
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ホフロマ塗の歴史は300年前。
やはりロシア正教の流れから。こういった民芸品はとても多いのです。


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大好きなホフロマの絵付けをすることは夢でした。

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こんな屋敷に住むのはこれからの夢です。















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イルクーツク ~シベリアのパリ~

イルクーツクからすでに一年・・・早いっス。


イルクーツクはその昔シルクロードを結ぶ毛皮貿易の本拠地でシベリアの主なる都市。
2011年には建都350年を迎えました。
街並みはバイカルを挟んで東のブリヤートとは全く違い西のイルクーツクはザ・ロシア!です。
古い教会はいくつも爆破された過去がありますが、それでも残された教会は修復をされ
シベリアの歴史を物語ります。
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イルクーツク市のシンボルでもあり市章にもなっている「バーベル」という大きな大きな動物。
その昔々本当にいたという説と架空の動物だという説もあります。
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1800年代までの木造建築は保存運動が行われ始めていますが、
何分、修繕費、維持費に莫大なお金がかかるため個人ではとても難しいそう。
ただその儚くも美しいたたづまいは、いつまでもいつまでも歴史とともに
残したい、せめてこの目に焼き付けておこう・・・と思うのです。
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小道に迷い込んであの角を曲がったら、もしかして19世紀にタイムスリップするんじゃないか・・・
そうであって欲しいと思いつつ・・・。
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シベリアは民族をたどるにも多くの資料があります。
個人的にはエベンキ族は非常に興味がわきました。
まだまだ未知の世界。
この環境が壊されないまま次の世代へつなげていって欲しい。
静かな森、豊かな大地、神秘の湖、生きるシベリア。


おまけ; イルクーツク市内ズヴェズダホテルの隣にある中華料理屋は最高に美味しい!
      結構高いですが「これが本物のXO醤か!」とうならせる味です!




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マイナス50℃!!

イルクーツク紀行を書く前に今日は興奮した一件があります。

私は一年中毎日世界中の気温をネットで見張るのが趣味です。
特にロシアはこれまでに行った場所など広い範囲に渡り
毎日時間差で見張る・・・その気温差に興奮します。

特にここ数日マイナス47~48℃を行ったりきたりしていた
サハ共和国のオイミャコン村。本日12月26日マイナス50℃!
「よっしゃ~~~!」
仕事をしながら思わずガッツポーズ。
他人事だから、であって、オイミャコン村の人々にとっては
「やれやれ・・・」という感じでしょうか。

ブリヤート共和国のウラン・ウデは今日マイナス30℃。
「マイナス30℃まで行くと返って寒さを感じない!」
と少し投げやりに言っていました。
タイヤも水の被膜がつかないので滑らないそうです。

半端ないという事はいいこともある、かもしれません・・・。

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シベリアのシャーマン

ロシアにシャーマニズムが存在することは、10年くらい前に「アルタイの至宝展」の
民芸品販売を依頼されたとき、この地方独特のものをと、探したことがきっかけに。
らしいものを探すうちにその土地をアピールするためのいわゆる民芸品ではなく、
個人や家族を幸せにするためのお守りに行き着いた。
木彫りのお守りは朽ちて落ちた木を削って作られる。生きた木からは作らない。
これにシビレた!
シャーマンって何?シャーマンは地元の人々にとってどんな存在なのだろう?
思いは膨らみ、やっとこ、今回会いに行くチャンスを得たのです。

ブリヤート共和国からイルクーツクへ8時間かけて鉄道で帰り、イルクーツク市内から
車を大草原をぶっ飛ばして3時間半、シャーマンがいる村へ。
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道中はブリヤートの原風景。

イルクーツク市内から村までの間、何ヶ所か儀式のための神聖な場所がある。
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ここを通るときは足を止め祈ったり、車で通過するときはコインを投げる。
投げないと本当に車がパンクしたり事故に遭ってしまうのだそう・・・。

もうひとつ目に入ったのは道端にある植物にカラフルに巻かれた布。
あらかじめ用意した布だったり、身に着けていた布だったり、を巻き、
ある人は成功を願ったり、ある人は旅の安全を祈ったり。
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ブリヤートでは広い範囲でこの風景が見られる。
日本の神社でおみくじを巻くのと似ている。
ブリヤートでもこの習慣の由来は実は分かっていない。
いつしかそういった習慣が人々の間で広まったのだそう。

シベリアのシャーマニズムは宗教以前の古代から伝わり、
心身ともに病んだ人、悩める人を祈祷により癒す。
世界の平和を唱える宗教とは違い、シャーマニズムは個人、または家族の幸せを祈る。
自然すべてに神が宿り、特に太陽神はエネルギーの源、大いなる神であると考えられ
生活すべてにこの理念が生きている。
日本の「八百万の神々」が存在する神道ととてもよく似ていた。
シベリアを知るにつれここに住む人たちにとってシャーマンの存在はあまりにも大きく
それは神に近いものを感じた。

シャーマンの中でも地位のようなものがあるらしく、今回お会いできたのは
もっとも地位の高い方でロシアだけでなくヨーロッパ、アメリカ、インドなどでも
有名なのだそう。20歳から修行に入り、30歳のときに先代の一番地位の高い
シャーマンから指名されたそうです。

門を入り、庭を抜け、木造のゲルの中へ入る。そこが儀式の部屋。
中央には囲炉裏があり天井には抜け穴がある。
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ゲルの作りとしてはどこの家庭でも同じだが、ここの場合、天井の穴は
太陽神と交信するため。たとえば白樺でできた器に人の悩みを入れ太陽神に投げるのです。
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1924年に作られた白樺の器で先代から譲られたものだそう。

シャーマンといえば色がどす黒く風呂は半年に一回、仮面をかぶった貧弱なじいさん・・・
というどこで作られたか私の勝手なイメージがあった。
由緒正しいブリヤート・シャーマンは違った(当たり前じゃ!)
暖かくおおらかな人柄、かっぷくの良い体格に青いブリヤートの民族衣装が風格を高める。
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儀式は薬草、香、練香水の3種をかぐことから始まる。体を清めるため。
手を合わせ合掌。シャーマンが3つの楽器を使い音を奏で歌う。
ブリヤート語とロシア語を混ぜたその歌はとても美しい響きで
懐かしくやさしいリズムだった。

日本の神道にアマテラスやスサノオの神話があるように、シャーマニズムにも
物語がある。その物語をリズムにのせ歌ってくれた。

私は二人の娘を連れて行っていたのでシャーマンは一緒に踊りや歌を教えてくれた。
いろいろな話しを聞き、最後に彼は「何か質問などないですか?」と言ったので
私は娘たちに「何かこの機会だから聞いときなさい。」と言うと
娘たちは大きな存在のシャーマンを目の前に頭は真っ白になりしどろもどろ。
シャーマンはさっと長女の手を取りじっと見つめ、
「君は3年くらいしたら大きく人生が変わるよ。将来は男の子と
女の子の二人の子供を持つ。」
それを聞いた次女がすかさず手を差し出した。
「君は安定した人生、我が道を行く。3人の子供を持つ。」と言われた。
私は見てもらうのが怖かった。すでに子供は3人いる。この流れでいくと
「君はあと2人子供を持つ。」なんて言われそうな気がして・・・。合掌。

世界中から毎日彼を訪ねてくる。この日もすでに次の人が待っていた。
イルクーツク市内からもいろいろと相談しに来る人が多いと聞いた。
本当に重い病の人もいれば、恋の相談をする女子もいるそう。
こ、恋~!?この果てしなく遠い村の位の高いシャーマンに恋の相談ですかぁぁぁ?と
最初は笑ってしまったけれど、私も20代の頃はそれが生活のすべてだったような・・・
遠い遠い過去だけれど。それだから若い女性は輝いていて周りの人も思わず笑顔に
させる魅力があるのだと思う。シャーマンも大変だとは思うけど、それに対しても
まじめに懸命に答えてくれるのだそう。大したお人だ。合掌。

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バルガンと言うシャーマンの太鼓。
これは地方により名前が変わり、アルタイではカムス、ヤクートではホムス。
どこの地方も神を意味する言葉だそうです。

10年来の思いが叶った。
シャーマニズムはとても身近でそう遠くない頃の記憶の中にある。
ただ経済力がすべての政治やそれを追う人間の忙しい生活の中で
記憶のプログラムが組み替えられてしまっている気がした。
食べる分だけ殺生をする、必要な分だけ木の実を採る。
世界を守るためなんて格好のいいことは言わない。
自分の家族を守るため精一杯のことをする。
幸せや成功は人それぞれ、もっと違う生き方があることを教えてくれる。
・・・・会えてよかった・・・・


次回はシベリアの観光名所イルクーツクをご紹介します ~シベリア紀行 つづく~




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