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「小さい逃亡者」~魅力を感じたもう一つの理由~

1966年に制作されその年の晩秋に何かの作品の併映として(確信たる記事、資料がない)、
翌年「ガメラ」との併映で公開されました。私のお店に来るお客様の中に数人「小さい頃、マトリョーシカ
にお願いをしながら男の子が旅をする映画があったけれど…」とうっすらながら覚えていらっしゃる方が
いました。皆さん、不思議なことに当時10歳前後。よく調べてみるとこの作品は教材指定映画として
小学校で鑑賞されたようです。ただそれ以降の公開がなく、「葬られた」作品となってしまったのには
何か理由がある気がしました。時代も時代。社会主義国との親睦の証に社会的な力が加わったか、
世論を避けるための対策か、それを考えるとたまらなく興味が増してきてしまったのです。

もちろんこの問題はどこにも資料はありません。
当時この作品に関わった人の中でもごくわずかな人しか知りえなかったことかもしれません。
今回ロシアで取材をしたロシア映画大学のルィビン教授(当時副カメラマン)は
「当時そのようなことはどこの国でもありえたことでしょう。」と話していました。
彼はこの映画に関係する人物、情報を知る人物を探すため、大学の先生を集め
手当たり次第電話をしてくれました。
でも日本とソビエトの合作に至った背景の鍵を握る人物は誰にも分かりませんでした。

謎。理想的です。


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