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何度でもスーズダリ

ロシアの中でも特別に美しい古都スーズダリ。
2014年9月の訪問で3回目ですが何度行っても新しい発見と新鮮な美しさに感動してしまいます。
初めての時はおとぎの国に来たと思いました。
家も道も・・・絵本の世界。
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モスクワからウラジーミルまで電車で移動し、そこからはバスか車でうまく乗り継いで5時間くらい。
道中の景色もとても素晴らしい、ましてやスズダリに着くとその昔ロシアの人々がどれだけ信心深く
心豊かな暮らしをしていたかがうかがえます。
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スーズダリの白亜の建造物は世界遺産にも登録されていますが、町のどこを歩いても
目に映るすべて、一軒一軒の民家までもが世界遺産ではないかと思うくらい別世界なのです。
鐘つき堂からは町が一望できます。
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修道院、教会、フレスコ画…ロシアの歴史や今や見ることのできない産物がこの小さな町にギュウッと詰まっているのです。
かつての繁栄を思わせる
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黄金の門は必見
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近代史でみるとやはりこの町にもクラッシック・カーが溢れています。これはブレジネフ時代のヴォルガ。
今も現役。ロシアの民(特にソビエト時代を生きてきた人)は自分で修理ができ乗り継いでいきます。
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スズダリは自転車を借りて回るのが一番です。
ほとんど平坦でちょうどいい距離の街。
ふと気になった景色、目に着いたらすぐに止まってしばしの鑑賞・・・自転車ならでは。
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オレンジ色のナナカマド
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歩道脇の村の集合ポスト
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手作りの塀・・・お見事!
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ロシア各地を歩いて感じることは古い教会のある街には美味しいものがある。
特に女子修道院の近くには伝統的なお菓子やパンのお店がありすごく美味しい!
ここスーズダリには男子修道院の中に古くから続くパンケーキの店がある。
でも今回特に気に入ったお店は比較的新しいお店でクワスの専門店。
クワスとは通常黒パンを発酵させた飲み物で夏の風物詩でもあります。
ここには数種のクワスがあり、画像はベリーのクワスと松脂のクワス。
松脂のクワスは想像通り少し渋みがあり、想像以上に美味!
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漬物はこの土地の名物。特にオレンジ色のナナカマドは唯一食すことのできる品種です。
揚げ黒パンと豚の脂の塩漬けサーロは疲れを取りパワーを蓄える最強メニュー!
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ロシアの歴史や文化を学べ、絶景を見尽くせるスーズダリ。
ソビエト時代は年間100万人もの観光客が訪れたこの町も今や十数万人までに。
時代や経済とともに変化しつつも、この風景は100年前とそう変わらないのだろう・・・
返って今は穴場かもしれませんね!
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納涼?この夏おススメのソビエト映画

つい先日お客様からとても不思議なソビエト映画の話を伺った。
ロシア語タイトルは「ВИЙ(ヴィー)」、日本語タイトルは「妖婆 死棺の呪い」。
1967年の映画で原作はN・ゴーゴリ。
すでにお客様から伺っていた内容も興味深く、返って想像もつかなかったので楽しみに見はじめた。
ゴーゴリはウクライナ人なので作品はウクライナを背景にしたものが多い。
この映画の舞台もウクライナ。習慣が良く描かれているし、主人公もコサック魂の強い男のよう。
単純に内容を見ると呪いのオカルト映画となるのでしょうが、いやはやいろいろな視点で感動できる作品です。

小説では大まかに想像することしかできなかった食卓の風景、酒の飲み方、イコン画の飾り方、
髪型、儀式・・・映画ではまさに本物が見ることができる。
気になったのは妖婆役。よくもこんなぴったりの妖婆いたな!と言うくらい見事な妖婆っぷり。
この女優か?男優か?分からない役者を探そうとインターネットで調べてみたが娘役のことばかり。
若い娘なんてどうでもいい、このババアについて何かないのか!?という焦りとともに何も情報得ず。

「ВИЙ(ヴィー)」を見て、アニメ「妖怪人間ベム」を思い出した。
頃合いの良いエグさと怖さと滑稽さ、人間くささや情。同じものを感じた。
やはりソビエトと昭和は通じる。

こういう映画も含めソビエト映画は素晴らしい!








民芸ガラデーツの職人村

色鮮やかな花が舞うように描かれたガラデーツの民芸。
あまり日本では見ることができない塗りのひとつです。
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このような文様です。

ここにある「職人の村」には塗りの他にわら細工や木彫り、テキスタイルなど多くの
民芸を実演して見せてくれます。
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決して町ではありません。尋ね、尋ね、細い小道に入り、下り上り・・・・
ようやくこの壁を見たときはうれしかった・・・
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ガラデーツはヴォルガ川のほとり。
夏は30℃近くになりますが川からの冷たい風がとても心地よい所です。
丘に登りヴォルガを眺めていると次回は絶対にクルーズの旅をしたいと思いました。
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工芸品ホフロマ塗工房

ロシアの民芸品の中でも1、2番に好きな文様ホフロマ塗。
黒と金と赤の毒々しい色彩は職人の繊細なひと筆ひと筆により華やかな芸術品となります。

ホフロマの歴史をたどるため工房へ行ってきました。
モスクワから電車を3回乗りつぎ6時間半。
ホフロマ塗一色の町に到着。

先ず腹ごしらえ、ということでホフロマ塗工房の隣には職人たちの提案で作られた
カフェ・ホフロマがあります。
内装も食器もすべてホフロマ塗!
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階段の手すりも…
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食器もすべてホフロマ塗

何と近所の公園もホフロマ尽くし!
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ぐるりマトリョーシカの柵
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こんな立派なシーソー、乗るより拝みたい!

お腹を満たして工房に・・・
この工房で木を削ることから絵付けまですべての工程をするので
これまでに行った民芸工房の中でもかなり大きな規模。
職人の数も質も充実しています。
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ホフロマ塗の歴史は300年前。
やはりロシア正教の流れから。こういった民芸品はとても多いのです。


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大好きなホフロマの絵付けをすることは夢でした。

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こんな屋敷に住むのはこれからの夢です。














イルクーツク ~シベリアのパリ~

イルクーツクからすでに一年・・・早いっス。


イルクーツクはその昔シルクロードを結ぶ毛皮貿易の本拠地でシベリアの主なる都市。
2011年には建都350年を迎えました。
街並みはバイカルを挟んで東のブリヤートとは全く違い西のイルクーツクはザ・ロシア!です。
古い教会はいくつも爆破された過去がありますが、それでも残された教会は修復をされ
シベリアの歴史を物語ります。
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イルクーツク市のシンボルでもあり市章にもなっている「バーベル」という大きな大きな動物。
その昔々本当にいたという説と架空の動物だという説もあります。
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1800年代までの木造建築は保存運動が行われ始めていますが、
何分、修繕費、維持費に莫大なお金がかかるため個人ではとても難しいそう。
ただその儚くも美しいたたづまいは、いつまでもいつまでも歴史とともに
残したい、せめてこの目に焼き付けておこう・・・と思うのです。
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小道に迷い込んであの角を曲がったら、もしかして19世紀にタイムスリップするんじゃないか・・・
そうであって欲しいと思いつつ・・・。
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シベリアは民族をたどるにも多くの資料があります。
個人的にはエベンキ族は非常に興味がわきました。
まだまだ未知の世界。
この環境が壊されないまま次の世代へつなげていって欲しい。
静かな森、豊かな大地、神秘の湖、生きるシベリア。


おまけ; イルクーツク市内ズヴェズダホテルの隣にある中華料理屋は最高に美味しい
      結構高いですが「これが本物のXO醤か!」とうならせる味です!



マイナス50℃!!

イルクーツク紀行を書く前に今日は興奮した一件があります。

私は一年中毎日世界中の気温をネットで見張るのが趣味です。
特にロシアはこれまでに行った場所など広い範囲に渡り
毎日時間差で見張る・・・その気温差に興奮します。

特にここ数日マイナス47~48℃を行ったりきたりしていた
サハ共和国のオイミャコン村。本日12月26日マイナス50℃!
「よっしゃ~~~!」
仕事をしながら思わずガッツポーズ。
人事だから、であって、オイミャコン村の人々にとっては
「やれやれ・・・」という感じでしょうか。

ブリヤート共和国のウラン・ウデは今日マイナス30℃。
「マイナス30℃まで行くと返って寒さを感じない!」
と少し投げやりに言っていました。
タイヤも水の被膜がつかないので滑らないそうです。

半端ないという事はいいこともある、かもしれません・・・。

シベリアのシャーマン

ロシアにシャーマニズムが存在することは、10年くらい前に「アルタイの至宝展」の
民芸品販売を依頼されたとき、この地方独特のものをと、探したことがきっかけに。
らしいものを探すうちにその土地をアピールするためのいわゆる民芸品ではなく、
個人や家族を幸せにするためのお守りに行き着いた。
木彫りのお守りは朽ちて落ちた木を削って作られる。生きた木からは作らない。
これにシビレた!
シャーマンって何?シャーマンは地元の人々にとってどんな存在なのだろう?
思いは膨らみ、やっとこ、今回会いに行くチャンスを得たのです。

ブリヤート共和国からイルクーツクへ8時間かけて鉄道で帰り、イルクーツク市内から
車を大草原をぶっ飛ばして3時間半、シャーマンがいる村へ。
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道中はブリヤートの原風景。

イルクーツク市内から村までの間、何ヶ所か儀式のための神聖な場所がある。
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ここを通るときは足を止め祈ったり、車で通過するときはコインを投げる。
投げないと本当に車がパンクしたり事故に遭ってしまうのだそう・・・。

もうひとつ目に入ったのは道端にある植物にカラフルに巻かれた布。
あらかじめ用意した布だったり、身に着けていた布だったり、を巻き、
ある人は成功を願ったり、ある人は旅の安全を祈ったり。
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ブリヤートでは広い範囲でこの風景が見られる。
日本の神社でおみくじを巻くのと似ている。
ブリヤートでもこの習慣の由来は実は分かっていない。
いつしかそういった習慣が人々の間で広まったのだそう。

シベリアのシャーマニズムは宗教以前の古代から伝わり、
心身ともに病んだ人、悩める人を祈祷により癒す。
世界の平和を唱える宗教とは違い、シャーマニズムは個人、または家族の幸せを祈る。
自然すべてに神が宿り、特に太陽神はエネルギーの源、大いなる神であると考えられ
生活すべてにこの理念が生きている。
日本の「八百万の神々」が存在する神道ととてもよく似ていた。
シベリアを知るにつれここに住む人たちにとってシャーマンの存在はあまりにも大きく
それは神に近いものを感じた。

シャーマンの中でも地位のようなものがあるらしく、今回お会いできたのは
もっとも地位の高い方でロシアだけでなくヨーロッパ、アメリカ、インドなどでも
有名なのだそう。20歳から修行に入り、30歳のときに先代の一番地位の高い
シャーマンから指名されたそうです。

門を入り、庭を抜け、木造のゲルの中へ入る。そこが儀式の部屋。
中央には囲炉裏があり天井には抜け穴がある。
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ゲルの作りとしてはどこの家庭でも同じだが、ここの場合、天井の穴は
太陽神と交信するため。たとえば白樺でできた器に人の悩みを入れ太陽神に投げるのです。
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1924年に作られた白樺の器で先代から譲られたものだそう。

シャーマンといえば色がどす黒く風呂は半年に一回、仮面をかぶった貧弱なじいさん・・・
というどこで作られたか私の勝手なイメージがあった。
由緒正しいブリヤート・シャーマンは違った(当たり前じゃ!)
暖かくおおらかな人柄、かっぷくの良い体格に青いブリヤートの民族衣装が風格を高める。
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儀式は薬草、香、練香水の3種をかぐことから始まる。体を清めるため。
手を合わせ合掌。シャーマンが3つの楽器を使い音を奏で歌う。
ブリヤート語とロシア語を混ぜたその歌はとても美しい響きで
懐かしくやさしいリズムだった。

日本の神道にアマテラスやスサノオの神話があるように、シャーマニズムにも
物語がある。その物語をリズムにのせ歌ってくれた。

私は二人の娘を連れて行っていたのでシャーマンは一緒に踊りや歌を教えてくれた。
いろいろな話しを聞き、最後に彼は「何か質問などないですか?」と言ったので
私は娘たちに「何かこの機会だから聞いときなさい。」と言うと
娘たちは大きな存在のシャーマンを目の前に頭は真っ白になりしどろもどろ。
シャーマンはさっと長女の手を取りじっと見つめ、
「君は3年くらいしたら大きく人生が変わるよ。将来は男の子と
女の子の二人の子供を持つ。」
それを聞いた次女がすかさず手を差し出した。
「君は安定した人生、我が道を行く。3人の子供を持つ。」と言われた。
私は見てもらうのが怖かった。すでに子供は3人いる。この流れでいくと
「君はあと2人子供を持つ。」なんて言われそうな気がして・・・。合掌。

世界中から毎日彼を訪ねてくる。この日もすでに次の人が待っていた。
イルクーツク市内からもいろいろと相談しに来る人が多いと聞いた。
本当に重い病の人もいれば、恋の相談をする女子もいるそう。
こ、恋~!?この果てしなく遠い村の位の高いシャーマンに恋の相談ですかぁぁぁ?と
最初は笑ってしまったけれど、私も20代の頃はそれが生活のすべてだったような・・・
遠い遠い過去だけれど。それだから若い女性は輝いていて周りの人も思わず笑顔に
させる魅力があるのだと思う。シャーマンも大変だとは思うけど、それに対しても
まじめに懸命に答えてくれるのだそう。大したお人だ。合掌。

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バルガンと言うシャーマンの太鼓。
これは地方により名前が変わり、アルタイではカムス、ヤクートではホムス。
どこの地方も神を意味する言葉だそうです。

10年来の思いが叶った。
シャーマニズムはとても身近でそう遠くない頃の記憶の中にある。
ただ経済力がすべての政治やそれを追う人間の忙しい生活の中で
記憶のプログラムが組み替えられてしまっている気がした。
食べる分だけ殺生をする、必要な分だけ木の実を採る。
世界を守るためなんて格好のいいことは言わない。
自分の家族を守るため精一杯のことをする。
幸せや成功は人それぞれ、もっと違う生き方があることを教えてくれる。
・・・・会えてよかった・・・・


次回はシベリアの観光名所イルクーツクをご紹介します ~シベリア紀行 つづく~



ウラン・ウデ市内~レーニンとダライ・ラマとチンギス・ハンが生きる街~

シャーマンに気が焦ってしまいましたが、その前にブリヤート共和国の
首都ウラン・ウデについてご紹介しましょう。
前前々回民族や経済について少し触れましたが、街並みも面白い。
象徴はソビエト広場にあるどでかいレーニン像です。
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今風に言うと「メガ・レーニン」でしょうか。
しかも頭だけ!画像では分かりにくいかもしれませんが頭部は高さ7.7m。
台座が6.3mあるので迫力あります。重さは42トン!!
というか、首根っこだけでよく立っているな・・という感じです。

チンギス・ハンの像はないのですがここで知り合った人にチンギスという名前の方がいました。
例えばここではおじいさんはウクライナ人、おばあさんはブリヤート人だったお母さんとロシア人
のお父さんから生まれましたという人は多い。それはロシア全土に渡って言えることでしょう。
チンギスは見た目はロシア人。珍しい名前だということでしたが、モンゴル民族でもあるという
意思と誇りを感じます。

メガ・レーニンのあるソビエト広場の周りは政府や市の行政関係の建物がぐるり。
中には日本人抑留者が建築に携わった建物も少なくなく近年老朽化のため
解体工事をしようとしたところ、日本人が建てたものはあまりにも頑丈で
解体に時間がかかったそうです。さすが、そんな時も仕事が丁寧な日本人。
日本の誇りですね、偲ばれます。

通りを歩いているとソビエト時代有名だったバレエダンサー像が。
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よく見ると顔立ちがブリヤート人!ここはブリヤート、当たり前なのだろうけど
いつもロシアでよく見るバレエ像とはまったく違うその風格に見とれてしまいました。

ちょっと歩くとモンゴルの帽子!そう、あれはウラン・ウデにあるモンゴル大使館。
「いいね!」あげたくなりました。
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世界には国境近くで多くの紛争が起こっている。
ここは互いの文化も習慣も民族も認め合い、いいところを取り入れて共存している。
たまに起こる紛争といえばブリヤート人がロシア人の彼女を奪った!奪わない!で
ブリヤート対ロシアの民族紛争に繋がるそうだが・・・しょ~もなッ。
いつまでも平和な国であれ。

よっしゃ、次はシャーマンに行けるかな・・・シベリア紀行つづく・・・


ロシアの中のチベット仏教

ブリヤートにはチベット仏教寺院イヴォルギンスキー・ダツァンがある。
イヴォルギンスキーとはブリヤート共和国の首都ウラン・ウデから23km
離れたイヴォルガ村のこと、ダツァンとは寺院のことです。
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宗教の自由がなかったソビエト時代の弾圧で多くの寺院は破壊され
ラマ(僧)は殺されたけれど、地下活動など屈せず今に息づいている。
1992年にダライ・ラマ14世がこの地を訪問してからは教徒の勢いもあり
新しい寺院建立、資料館の建設が活発に行われている。
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資料館の中はまだ製作中のラマの像がいくつかあった。
若い僧侶や信者の手作り。

マニ車の中には経文が書かれていて、回した数だけ教を唱えた徳がある。
中には身長をはるかに超えるものもあり回すのも結構大変。
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この村は道はあるけど「通り」がなく住居の区画がない。
なぜなら家を建てるときはラマに相談しラマの指示通りの
位置(土地)に家を建てるそう。
ただそれでいいなと思う風景なのです。
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それぞれの信仰がぶつかることなく寄り添っている、そんな感じを受けます。
シベリアにはもうひとつ大切な信仰があります。
シャーマニズムです。次回ご紹介いたしましょう・・・。
シベリア紀行つづく~。

ブリヤート・無形文化遺産セメイスキエ

ブリヤートにはロシア正教の宗教改革を拒み伝統的な儀式を守り続ける古儀式派セメイスキエ
が存在します。彼らの伝統的な習慣や文化は2001年UNESCOの無形文化遺産に登録されています。
私が訪問したのは300年も続くタルバガタイ村。(タルバガタイと名づけられたのは75年前)

まずはその土地の文化を知るということで資料館へ。
古いサモワールや鏡、商人の秤など・・・独特なものとして部屋の中や家の塀などの壁画は
鳥や植物など自然をモチーフに色鮮やかに描かれている。
これらはその家主たちがそれぞれ描いてきたものらしい。みんな絵心あるんですね~。
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村の本陣、ロシア正教会。宗教改革を拒んできたので儀式は昔のまま、考えはより
ギリシャ正教に近いそうです。
布教活動などは一切しない。
なぜならこの考えを支持するものは自然と世界から集まってくるからだそうです。
彼らは宗教とはそういうものだと感じている、これも古儀式派の理念なのでしょう。
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セメイスキエの民族衣装を着たご婦人たちのお・も・て・な・し!
「ようこそ!タルバガタイへ」
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最初のお・も・て・な・しはお料理。基本的にロシア料理ですが、このご婦人はかなりの料理上手ゥ~!
蜂蜜を発酵させたメドブーハ(手前のコップ)はこれまでロシアで飲んだ中で一番美味しかった!
バイカル湖のオームリを使った「魚のパン」(中央)臭みもなく香ばしい。
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豚の脂肪を塩漬けにし燻した「サーロ」
一見気持ちが悪い!?かもしれませんがこれは最高に美味しいのです!!
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食後のお・も・て・な・しは素敵な庭での伝統的な歌と踊り♪
結婚式の歌は「式で初めて会う相手。裕福な家庭の人を望んでいたけど、とても貧しい人だった。
悲しくて涙が出るけれど、その人は心優しくて、幸せになれるかも・・・」といった内容。
とても現実的でまったく涙が出る!結婚式で歌うか?と思うけれどユーモアも含め
ここの人たちは明るい。今でも結婚式は1週間お祝いが続くそう。
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ロシアの民族衣装は基本的に白地に赤い刺繍のものが多いのですが
この地方はチベット教の影響を受けて極彩色を何枚も重ねた鮮やかで独特なものです。

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南はモンゴルへ、西はバイカルへ流れるセレンガ川。
昔ながらの生活を守り続けるセメイスキエの源。
ずっとずっとこの景色が変わらないことを願います。

まだまだ続くシベリア紀行・・・


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